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沖縄戦をわかりやすく解説!沖縄戦の特徴や原因は?沖縄は絶対にとらなければならない!!

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太平洋戦争を知らないという方は少ないと思いますが、いまから約80年前まで、当時の日本はアメリカなどの世界の大国を相手に、泥沼の戦争を繰り広げていたんです。

その結果、1945年に日本は敗戦を迎え、以降はアメリカを中心とする西側諸国の一員として民主主義国家として再発展して現在に至ります。

この太平洋戦争の悲惨さはあまりに有名ですが、その時代を生きて当時を知る方々は年々と少なくなっていっています。

太平洋戦争の中でも特に一般の日本国民である沖縄の住民の方々が被害者となった、沖縄戦を中心にその戦争の経緯を振り返ってみましょう!

沖縄戦といえばひめゆりを思い出すわね。
目次

太平洋戦争とはどんなものだったのか?

そもそも、太平洋戦争とは第二次世界大戦の中に含まれるひとつの局地戦の位置づけとされます。

第二次世界大戦とは1939~45年に世界のほとんどを巻き込んだ大規模な国際戦争です。

その原因はとても複雑なのですが、簡単に言うと世界の様々な国が同盟を結んでいたため、ある1つの国家間のいざこざを発端として、ドミノ倒しで世界各国がその紛争に巻き込まれていったのです。

太平洋戦争は大きく二つの陣営に分かれて戦っていました。

そのような国際情勢の中で、日本は当時のアドルフ・ヒトラー率いるドイツや、ムッソリーニ率いるイタリアと同盟を組んでいました。

ちょっと意外じゃないですか?アメリカと戦争をしていたことを知っていてもドイツのヒトラーと仲間だったことを知る人は少ないようですね!

当時の日本は、明治時代に中国やロシアとの戦争に勝利したあとに勢力を伸ばしていき、満州という地区(今の中国や朝鮮の北部)を牛耳っていました。今の勢力図とはかなり違っていたんですね。

本来は日本の領土ではないのですが、大勢の日本人も移民していき、傀儡国家としての満州国という政権を作り、操っていたのです。

それに対して文句を言ったのはアメリカ。

どんどんと調子に乗る日本に対して、経済制裁を加えたりして日本は追い込まれてしていきます。

国際社会からも孤立してしまい、起死回生を狙った日本軍は、アメリカの軍艦が基地としていた真珠湾を奇襲攻撃をしかけるのです。

激怒したアメリカは日本と開戦。日本とアメリカだけでなく世界を巻き込み殺し合いが始まったのでした・・・・

日本は当時世界最強の国力を持っていたアメリカやその連合軍と本格的に戦争しなければならなくなってしまったのです。

この、1941年12月から 1945年8月までの間で行われた、日本とアメリカやイギリス達との戦争を、太平洋戦争と呼んでいます。(当時の日本は、「大東亜戦争」と呼んでいました。)

 沖縄戦争への経緯

沖縄戦争とは、太平洋戦争で日本がどんどんと追い込まれていった末期の1945年3月26日から6月23日にかけて、日本の沖縄本島とその周辺地域で行われた日米間での最大規模の戦闘です。

太平洋戦争では、日本軍は、最初、中国や東南アジアをどんどんと攻め落としていったのですが、次第にアメリカの反撃を受けて、じりじりと追い込まれていきます。

最終防衛圏と言われたサイパンを落とされた日本軍はいよいよ沖縄戦に突入せざるをえなくなりました。

ちなみにこのサイパン島で日本軍や民間人がアメリカ軍に対して、「玉砕」と言われる自爆のうえで全滅するという悲惨な行為が行われました。

以降の戦闘のいたるところで「玉砕」が繰り返されることになり、それは沖縄戦でも同様でした。

アメリカ軍は、サイパンを陥落させたことで、日本本土に直接攻撃することが出来る足掛かりを得ることが出来ました。

それ以降、日本の空にB29という爆撃機が飛来して、日本各地で空襲を行うこととなります。

沖縄戦突入へ

日本本土への攻撃に苦しむようになった日本軍は、沖縄で本土決戦を行うという方針を固めます。

それまで沖縄では、日本軍が失ってしまった制空権を取り戻すための基地が多く作られていました。

アメリカ軍もまたこの沖縄を攻略する必要があったのです。どちらも決死の覚悟で挑んだ戦い。 

沖縄戦が泥沼化へ

日本の国土であり一般住民も生活している沖縄が戦場になってしまう可能性が高くなったため、日本政府は民間人の内地への疎開も計画しました。

しかし、沖縄は離島ですので、日本本島へ逃げるためには船を使わないといけません。

まず子供たちが船に乗り、疎開しようと試みますが、当時は海の上もすでにアメリカ軍が自由に行き来できるようになってしまっていたため、この疎開船はアメリカ軍に見つかり沈没させられてしまいます。

逃げる民間人の船を沈めるという行為は、非人道的な戦争行為であると言えます。

この後もアメリカ軍の攻撃に対して、沖縄の一般住民の方々は多くの犠牲になってしまいます。

いよいよ泥沼化・空襲が始まる

1944年10月には沖縄への空襲が始まりますが、軍事基地だけではなく病院や民家など一般の施設も無差別に攻撃され、那覇市のほとんどは焼け野原となってしまいます。

沖縄に上陸しようとするアメリカ軍を打ち負かそうと準備する日本軍でしたが、戦略が一貫しておらず、沖縄にいた軍の一部を台湾に移動させてしまいました。

沖縄戦に十分な兵力を確保できなくなったため、沖縄県民から兵力を招集して戦力を補充させようとします。

兵隊として駆り出された人々の中にはまだ子供であった学生・女学生も駆り出されたのです。こうして、沖縄本島が戦禍に巻き込まれるとともに多くの住民たちが犠牲になっていったのです。

 

沖縄陥落

兵力が十分でなく女子供すら駆り出させざるを得なかった日本軍は当然と大きな兵力を持つアメリカ軍にどんどんと攻撃されていき、とうとう沖縄県の西側の海岸からアメリカ軍が上陸していきました。

米軍は大量の軍艦砲撃や航空爆撃の砲弾の雨により地獄のような有様でした。

沖縄の住民の方たちはアメリカ軍の犠牲になるだけではなく、自決をしてしまう人たちも多く出てきてしまいます。もう逃げ場のない沖縄に人たち。

当時の国民は日本軍からアメリカ人は非常に残忍であると教え込まれ、捕まったらひどい扱いをうけるので捕まるくらいなら自ら命を絶て、というように指示をしていました。

この命を軽視するような指示やすり込みのために、集団で自決してしまう住民たちも多く出てしまったのです。映画なんかで自決シーンを見た人もいるでしょう。

ほんとに見ていて心が痛む場面ですよね、、、。

首里城まで追い込まれる日本軍

アメリカ軍は圧倒的な軍事力の差で沖縄を侵攻していき、日本軍は首里城に追いやられます。

司令部を首里城に置いていた日本軍はもはや勝ち目はありませんでしたが、できるだけ戦況を長引かせるという時間稼ぎの役目を負わされていたため、持久戦に持ち込ませます。

このためさらに多くの犠牲者を出す事になり日本軍の死体は増えるばかり・・・。

その戦闘は終戦の年の6月まで続き、沖縄線の司令官が自決することで終着を迎えます。

最終的にこの戦いでは、沖縄住民約9万人以上の民間人の犠牲者を出すという悲惨な結末を迎えました。

沖縄戦の特徴と原因

上述したように、一般住民の疎開も上手くいかず、また島民を戦力として日本軍が徴用したため、歴史上、稀にみる民間人の被害、特に女性や子供たちまでが戦いの犠牲となりました。

銃や大砲、戦闘機で攻撃する米軍に対して、戦争の為の物資がもうなくなっていた日本軍は、その女性や子供たちに竹やりを持たせて戦わせたというのは有名です。

沖縄戦の特徴は住民をも巻き込んだ戦闘だった

今でも、あまりに無謀な戦いや、意味のない作戦のことを「竹やり戦法」といって揶揄することはありますよね。

また、アメリカ軍の上陸を許し、沖縄本島内でどんどんと追い詰められて各地で孤立した、日本軍と住民は半ばパニック状態に陥り食糧をめぐって、一般人を守るべき日本軍が住民を殺したりするようなこともあったと言われています。

必要な戦力を直前で台湾に振り替えたりする戦略的な過ちや、女子供を徴用するという場当たり的な軍の運用方針、また、特攻や自決などの人の命を軽視するような教え、全てがこの戦闘の被害を日本軍自ら悪化させ悲劇を生みだしたと言ってよいと思います。

こうして歴史上で稀に見るほどに一般住民を巻き込み多くの犠牲を出した戦闘として、沖縄戦は語られることになったのです。

そもそもなぜ沖縄戦の原因とは?

日本軍はもともと沖縄上陸しようとするアメリカ軍と水際で戦い、打ち負かす作戦でした。

一方でアメリカ軍も米軍が沖縄を攻略した理由としては、サイパンや硫黄島よりも近い本土爆撃基地を確保する必要がありました。

しかし、日本軍はこの沖縄での戦いをどのように位置づけるか一貫していないところがありました。

これは、太平洋戦争の他の戦いでも見られたことですが、当時の日本の陸軍と海軍は同じ軍隊なのに仲が悪く、双方での戦略方針が統一されていなかったり、各司令官と日本軍の中枢である大本営との間でのコミュニケーション不足のために、非合理的な戦術がとられてしまったことが原因になったと言えます。

沖縄戦の直前で、沖縄に配備された部隊の中でも最も強力と言われた「第9師団」が台湾に移動することが決まり、日本軍の力は大幅に弱まることになりました。

これも、日本軍の内部での政治的な駆け引きにより、どこに貴重な戦力を振り分けるか適正な判断ができずに、必要のないところに軍隊を向かわせてしまったのです。

やむなく、沖縄軍は本島で決戦を迎える作戦から変更して、なるべく戦争を長引かせることを命じられたのです。日本本土での戦争を遅らせるために、沖縄は「捨て石」となったと言えます。

この不十分な作戦によって一般住民は悲劇的な戦闘に巻き込まれ、多くの犠牲となったのです。

沖縄戦のその後

その後1972年の沖縄返還まで、約27年間もの間、沖縄はアメリカの占領下に置かれるます。また、返還後も現在に至るまで沖縄には多くの米軍基地が設置されています。

今では日本を守る役割を持つアメリカ軍の基地が、沖縄県内に集中しすぎており、その負担を沖縄の方たちに押し付けています。また、アメリカ基地に勤務するアメリカ兵たちが起こす犯罪事件も多く起こっています。

沖縄の基地問題は今でも日本の重要な政治的な問題です。

この戦いに至った経緯と沖縄の犠牲はもっと私たち現代の人も学び、反省していくべきであると思います。

 

沖縄戦をわかりやすく解説!沖縄戦の特徴や原因など まとめ

これまで見てきたように、当時の日本軍や政権の間違った判断や不十分な戦略により、沖縄は地獄のような戦地となってしまい、多くの軍人の方や民間人が犠牲になりました。

今振り返ると、あまりに非合理で人間性のない教育や、、国家や政権の内部の問題で、この被害はさらに大きくなったと言えます。

また、今でも、政治家など本来は正しい判断で国民を導くべき人たちが自分のことだけしか考えずに間違った政治判断をしてしまい、その結果、日本国民が振り回され犠牲になるというのは変わっていないかもしれませんね。

 

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参考サイト:

コトバンク 沖縄戦:https://kotobank.jp/word/%E6%B2%96%E7%B8%84%E6%88%A6-451581
Wikipedia 沖縄戦:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B2%96%E7%B8%84%E6%88%A6
琉球新報:https://ryukyushimpo.jp/statics/html/okinawasen/mn1.html

沖縄戦―民衆の眼でとらえる「戦争」 : 大城 将保

NHKスペシャル 沖縄戦 全記録: NHKスペシャル取材班

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