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愛新覚羅溥儀・満洲帝国の崩壊と中華民国の成立!愛新覚羅一族の現在とは?(中編)

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こんにちは!

前回から、溥儀と愛新覚羅一族について解説するシリーズを始めたのですが、今回はその中編になります。

まだ前編をご覧いただいていない方は、まずそちらを読んでいただけると幸いです。

前編では、愛新覚羅についての解説と、溥儀の即位から満州国の崩壊までを扱いました。

中編となる今回は、溥儀の後半生を扱っていきます!

満州国の崩壊と二度目の退位

満洲国初代内閣 引用:https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons

194589日、これはソビエト連邦が満州国に進軍した日です。

それまで、日本とソ連には日ソ中立条約がありました。

しかし、ソ連はヤルタ会談でアメリカ、イギリスと協議した結果、中立条約の破棄を決定します。

この結果、満州はソ連の激しい攻撃にさらされます。

もちろん、満州国にも軍隊はありましたし、日本の関東軍もその防衛を担っていました。

終戦間近になると関東軍の主力はほとんど東南アジアの戦線に送られており、ソ連の攻撃から満州を防衛するほどの余裕は残っていなかったのです。

満洲国の崩壊と溥儀の退位

8月14日、日本はポツダム宣言を受諾し、連合軍に降伏します。

これを受け、溥儀は17日に皇帝の位を退き、二度目の退位を経験します。

これをもって、満州国は完全に崩壊しました。

このように、溥儀はまたもや自分の国を失います。満州国の皇帝としての在位期間はわずか11年でした。

清朝の皇帝としての在位期間は3年なので、合わせて14年間しか、皇帝でいられなかったことになります。

しかも、満州国の皇帝としてはもちろん、清朝の皇帝としても、政治的な実権を持つことができなかったのです。

しかし、実権を持たなかったとはいっても皇帝は皇帝、しかも国を失った「亡国のエンペラー」です。

そんな彼に、このあとどのような試練が待っていたのでしょうか??

元皇帝・溥儀は処刑ではなく「改造」??

溥儀らは、日本政府からの勧めもあり、日本への亡命を計画していました。

しかし、進駐してきたソ連軍によって捕らえられ、ハバロフスクの収容所に送られます。

この時、溥儀が恐れていたのは自分の身柄が中国に送られることだったようです。

日本の敗戦後、中国ではかつて日本に味方していた人々が多く逮捕され「漢奸(かんかん)」として処刑されていました。

もし自分が中国に身柄を送られれば、自分も漢奸として処刑されることは間違いないと考えていたのです。

そうでなくても、フランス革命ではルイ16世が、ロシア革命ではニコライ2世が処刑されたように、革命が起きた国では、旧体制の指導者が処刑されることは珍しいことではありませんでした。

しかし、溥儀を待っていたのは意外な結末でした。

戦後、中国では中国共産党と国民党が争う「国共内戦(こっきょうないせん)」が続いていましたが、1949年に国民党が台湾に逃れ、中国本土を共産党が制圧したことで、中華人民共和国が成立していました。

溥儀・中華人民共和国で「再教育」という名の洗脳

そして、1950年、ソ連はこの中華人民共和国に、溥儀の身柄を引き渡したのです。

溥儀はいよいよ死を覚悟しますが、共産党のとった方針は意外なものでした。

というのも、共産党は溥儀を処刑するのではなく「改造」する方針を決めていたのです。

改造というとピンときませんが、正確には思想改造、もっと簡単に言えば「再教育」を図ろうとした、と言えます。

長らく皇帝による支配が続いていた中国において、中華民国の掲げた民主主義が理解されるまでには長い時間がかかりました。さらに新しい思想だった共産主義ならなおさらです。

とりわけ、中国共産党にとって溥儀などの元皇族や、国民党体制下の資産家、知識人は、共産主義体制をおびやかす存在として考えられていました。

なぜ彼らが共産主義をおびやかす存在なのか?と思うかもしれません。

しかし、溥儀が皇帝という地位にこだわり、それに加担する人々がいた、ということを思い出せば、まず元皇族が共産党にとって邪魔な存在であったことは言うまでもないでしょう。

なぜ溥儀を洗脳する必要があったのか?

共産主義は簡単に言えば社会の全てを国有化し、国民一人ひとりに対して均等に富を分配しようとする考え方です。

そうなってくると、毎日の生活にも苦労している農民や労働者にとっては良いのですが、多くの財産を持つ資産家や地主は困りますよね。

また、知識人も、そうした財産を元手にして高度な教育を受けていると考えられていました。

そのため、彼らが財産を奪われることを恐れ、共産党に対して反乱を企てる可能性があったのです。

実際、同じく共産主義体制であるソ連においては、こうした人々がスターリンの命令によって逮捕、処刑されることが数多くありました。

これに対し、中国共産党は彼らに再教育を施して、共産主義体制への自発的な参加を求めることにしたのです。

実に平和的なやり方のように思えますが、実際にはいわゆる「洗脳」と批判されることもあります。

溥儀・思想改造で命拾いをする

とはいえ、共産党がこうした方針をとったため、溥儀は命だけは落とさずに済んだことになります。

このように、退位後の溥儀を待っていたのは意外な展開でした。

溥儀自身は、自分が中国に送られれば間違いなく殺されると考えていたようで、撫順市の収容所で説明を受けるまでは半狂乱状態だったといいます。

それに対して、「処刑はしない」と言われたわけですから、溥儀としては内心ほっとしたのではないでしょうか。

では、その後の溥儀の生活はどのようなものだったのでしょうか?

元皇帝・溥儀の「再教育」で共産党への洗脳!釈放と晩年

1950年以降、溥儀は撫順市のハルビンの収容所で、この改造を受けることになります。しかし、皇帝としての意識が抜けない溥儀の改造は困難を極めたようです。

というのも、皇帝だったころの溥儀は身の回りのことを全て召使いにやってもらっていたため、自分で服を着るとか靴を履くとか、掃除をするとかいったことが全くできなかったのです。

ただ、そうした中でも溥儀は模範囚として振る舞い、徐々に生活力を身に着けていきます。

そして、1959年、模範囚として特赦を受け、釈放されます。

釈放後しばらくの間は、北京植物園の庭師として勤務していました。自分で服も着れなかった人間が普通に働けるまでになったのですから、大きな進歩ですよね。

しかし、庭師としての生活は短期間だったようで、64年には政治協商会議全国委員会委員など、国会議員クラスの役職に就任していました。

溥儀の洗脳は成功!とアピールしたい共産党

こうして溥儀は再び政治に関与することになるのですが、これは、溥儀を満州族の代表として利用したいという思惑と、共産党による改造の成果をアピールしたいという思惑とが重なった結果でもありました。

実際、共産党は、たとえばチベットではパンチェン・ラマを全国人民代表大会常務委員にするなど、革命以前の少数民族社会における指導者を、政治的なポストに起用することを多くおこなっています。

そうすることで、皇帝一家を処刑したソ連共産党などに比べて、中国共産党は平和的であることをアピールしようとしたわけですね。

当然、溥儀にしろパンチェン・ラマにしろ、実権を与えられていたわけではありませんが・・・。

ただ、この時の溥儀にはもう政治的な実権を握ろうという野心もなく、一般人の女性と結婚して、比較的平和な余生を送っていました。

そして、1967年、北京で病気のために死去します。享年6264年には北京で自伝『わが半生』を出版して、反響を呼びました。

 

愛新覚羅溥儀・満洲帝国の崩壊と中華民国の成立!愛新覚羅一族の現在とは?(中編)まとめ

いかがでしたでしょうか?

戦後、収容所で改造を受けた溥儀は、一般人としての生活力を身に着けます。

数十年に渡って皇帝として生活してきた溥儀にとって、それは皇帝という地位だけでなく、内面そのものを捨てるということでした。

ただ、釈放後の生活は、映画「ラスト・エンペラー」のように一般人として余生を終えた、と言い切るわけにはいかないようです。

むしろ、皇帝を退いてなお、政治的に利用されていた、といった感が見え隠れします。

それでも、こうした溥儀の後半生は、他の愛新覚羅一族に比べると比較的平和だったと言えます。

次回は、そんな愛新覚羅一族について解説します。前編、中編では溥儀の経歴紹介が主だったため、その人間性について深く見ていくことができなかったのですが、後編では、他の人々について解説していく中で、溥儀の人間的な面についてもスポットを当てていければと思っています!

お楽しみに!!

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※本ページの情報は2020年4月時点のものです。 最新の配信状況は U-NEXT サイトにてご確認ください。

 

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