アメリカ歴史

「ボストン茶会事件とは何か?わかりやすく説明します!

スポンサー

みなさんボストン茶会事件とは何かご存知ですか?

「茶会事件」なんてちょっと優雅なような響がしますよね。でもこの事件自体は、それほど優雅ではありません。

ただ、後の世代の人々の世界の人達の、ライフスタイルに確実に影響を与えた事件だったのです。

「ボストン茶会事件」って概要って?

この事件は、1773年12月16日当時イギリスの植民地だったアメリカの、マサチューセッツ州のボストンで起きました。

この時代からイギリスでは紅茶を飲む習慣があり、そしてそのイギリスの植民地であるアメリカの人たちも紅茶を飲む習慣がありました。

アメリカはお茶のほとんど輸入に頼っていました。その輸入するお茶には関税がかかります。

この時代のイギリスとアメリカの複雑な関係

この時代のイギリスとアメリカの関係は少し複雑なので、詳しく見てきましょう。

イギリスは、度重なる戦争で財政難になり、そのために植民地アメリカにどんどん税金を課していきます。

この動きは、ヨーロッパでの「7年戦争」北アメリカ大陸での「フレンチインディアン戦争」が終わってから、一気に加速していきました。

アメリカはイギリスから税金をどんどん取られていきます。

しかし植民地のアメリカ人は、イギリスの選挙権がありません。

そのため、イギリス議会に議員を送ることができず、自分たちの意見を、民主的な選挙によって、表すことができなかったのです!

アメリカ人はこれについておかしいじゃないか!「代表無くして課税なし」と主張しました。

アメリカ人の間に、イギリスに対する不満がどんどん溜まっていきます。

そして決定的な転換点になったのが、1773年にイギリスが新たな「茶法」を制定したことでした。

これが冒頭で述べたボストン茶会事件に繋がります。

ボストン茶会事件勃発!

イギリスは茶税を逃れようとして植民地側のアメリカ人がオランダ商人から茶を密輸入していたのを禁じたのです。

大量の茶の在庫を抱えて財政的に行き詰まったイギリスが「東インド会社」に植民地での茶の販売独占権を与えるものでありました。

(東インド会社とは、イギリスの植民経営をするために作られた、株式会社です。東インド会社の利益=イギリスの国益と考えていいでしょう)

アメリカのお茶の販売が、アメリカ自身の手ではなくて、イギリスによって完全に独占支配されてしまいます。

当時のアメリカ人の間に

「ただ税金が課されていくだけでなく、商業・貿易の支配がどんどん広まっていくのではないか」

「イギリスのお茶の販売独占を認めることは、この第一歩になってしまうのではないか」

という危惧が生まれ、そのためイギリスに対して猛反発することになります。

1773年12月に、お茶を積んだ東インド会社の貿易さんがアメリカの4つに港に到着します。この港のうちボストンでは、東インド会社の貿易船に、荷揚げせずにボストンからイギリスに退去するように求めました。

現地のイギリス総督がこれを拒否して、貿易船は荷揚げの機会を待つため、ボストン校での停泊を継続します。

1773年12月16日の夜に事件は起きたのでした。

毛布やフェイスペイント等で、アメリカの先住民のモホーク族風の扮装をしたグループが、50人ほどの住人がボストン港に停泊していた東インド会社の船を襲撃しました。

そしてこのグループは342箱の茶箱を海に投げ捨てました。
(アメリカの先住民に扮装したのは、罪をなすりつけようとしたのです。これはこれでひどい話ですね・・・汗)

イギリスもバカじゃないので、アメリカ人の仕業だとすぐに気がつきます。

イギリス政府はこの事件に対して、翌年、ボストン港の閉鎖・マサチューセッツの自治の剥奪するなど軍事的な強硬策に出ます。

イギリスへの経済的断行へ決議し、緊迫した情勢の中で、翌年4月、ボストン郊外のレキシントンとコンコードでイギリス軍と植民地民兵が衝突(レキシントン・コンコードの闘い)し、ついに独立戦争に突入しました。

アメリカ独立戦争のきっかけになった「ボストン茶怪事件」

このボストン茶会事件が、アメリカ独立戦争への直接への引き金になったと言っても過言ではありません。

植民地のアメリカは、なんとなく「イギリスから独立したいな〜」くらいの気持ちではなく、このような決定的な出来事があったから「独立戦争」というはっきりとした闘いになったのです。

みなさんご存知の通り、1776年にアメリカはイギリスから独立できました。

アメリカ人は、意識的に紅茶を飲むのを止める事にしました。

そのため紅茶と同じように、カフェインと砂糖が摂取できるコーヒーを飲む習慣が一気にアメリカ中に広まることになったのです!

そして現在に至るまでの、アメリカ人のコーヒーを飲む習慣が、この時に生まれたのです。

現代のアメリカ人は、イギリスへの敵対心を感じならがコーヒーを飲むなんてことはまずないでしょう。
歴史って面白いものですね。

スポンサー