ヨーロッパ歴史

毒と血の貴公子チェーザレ・ボルジアと、その妹ルクレツィア~美麗な絵で漫画化も~

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「指輪の中に毒を入れて持ち運び、敵対する人物のワインに入れる」という話を、どこかで聞いたことがありませんか?

これは、「カンタレラ」という毒薬の使い方であり、今回ご紹介するチェーザレ・ボルジアと深い関係があるのです。

中世ヨーロッパの歴史を紐解くと、チェーザレの名前を目にする機会は多いもの。

日本においては人気も高く、惣領冬美によって「チェーザレ 破壊の創造者」と言う題名で漫画化されています。

しかし、チェーザレと彼の属したボルジア家には、あまり良い評判がありません。

それは何故なのでしょうか?

また、どんなことを行い、どんな話が語り継がれているのでしょうか。

今回の記事では、チェーザレとその妹ルクレツィアを中心に添え、上記のことを説明していきます!

チェーザレやルクレツィアが育ったボルジア家とは?

そもそも、チェーザレやルクレツィアが育ったボルジア家とは、一体どんな家系なのでしょうか?

ボルジア家は15世紀末頃に、イタリアで隆盛を極めた貴族の家系です。

起源はスペインにあり、元々武勇で名の知れた家系だったようです。

さらに、ローマ教皇2名を輩出したことにより、歴史の表舞台に躍り出ました。

当時の(現在も)カトリック信者にとって、ローマ教皇の力は大きく、その影響力は計り知れません。

その上で領地を持ち、一国の主という側面も持ちます。

そんなローマ教皇が、ボルジア家から2名出ています。

まず、カリストゥス3世。

そして、その甥であるアレクサンデル6世。

これだけでも、当時のボルジア家がどれ程権勢を誇ったか、手に取るようにわかります。

次に、ボルジア家のキーパーソンであるアレクサンデル6世(ロドリーゴ・ボルジア)についてみていきましょう!

聖なる俗物、ロドリーゴ・ボルジア

ボルジア家2番目のローマ教皇が、ロドリーゴ・ボルジアです。

ローマ教皇としての名前はアレクサンデル6世

ボルジア家が隆盛を極めるための根幹となった人物であり、チェーザレとルクレツィアの実の父でもあります。

彼の名は、腐敗しきったローマ教皇として有名ですよね!

まず、通常カトリックの聖職者と言えば、妻帯が認められていません。

妻帯が認められないばかりではなく、女性と関係を持つことも禁止されています。

しかし、アレクサンデル6世には、チェーザレやルクレツィア以外にも実子がいます。

チェーザレとルクレツィアは同じ女性から生まれましたが、違う女性との子供もいます。

つまり、半ば公然と複数の女性と関係を持っていたのです。

今でいう浮気や不倫ということになりますね!

夫婦関係にない男女から生まれた子供を「庶子」と言います。

当時のキリスト教では、庶子はあってはならないことであり、通常持って生まれる権利すら与えられませんでした。

本来ならば、チェーザレやルクレツィアは、日の目を見ることができないはずだったのです。

そうであるにも関わらず、アレクサンデル6世は金銭と権力を使って、彼らを世間に認めさせたのです。

かなり傲慢というかわがままな性格だったのでしょうね。

反面、アレクサンデルと関係を持った女性は「娼婦」扱いされ、世間から蔑まれていました。

また、アレクサンデル6世は庶子であるチェーザレ達を、政治的に重用しました。

高い地位を与え、ボルジア家の地盤を固めていたのです。

正にアレクサンデル6世は、「聖なる俗物」と言うことができるでしょう。

血にまみれたイケメン、チェーザレ・ボルジア

アレクサンデル6世の庶子、チェーザレ・ボルジアは大変な美男子であったとされています。

画像をみるかぎり今の時代では美男子というには少し無理がありそうですが。。。

しかし立派な顎髭に、堂々とした態度!

当時としては同性でも見とれるほどの容姿だったようですよ。

いわゆる当時は「イケメン」とされていたチェーザレですが、ヨーロッパで彼に抱かれる印象は、決して良いものではありません。

残酷で苛烈、暗殺に長けるといった所でしょう。

そんな印象が抱かれる理由は、チェーザレに関わる逸話にあります。

チェーザレは謀略や毒薬を用い、彼の利にならない人物を次々と暗殺していったとされているのです。

その被害者の代表格は、妹ルクレツィアの2番目の夫である、アルフォンソ・ダラゴーナです。

アルフォンソはルクレツィアより若く、ナポリ王の子供でもありました。

アルフォンソとルクレツィアは1498年に結婚しました。

しかし、1500年にアルフォンソは亡くなってしまいます。

詳細は定かではありませんが、誰かに暗殺されたと言われています。

その2年後、アレクサンデル6世からルクレツィアに、新たな縁談が持ち込まれました。

ルクレツィアはそれを受け、新しい夫の元に嫁いで行ったのです。

全ては歴史の闇の中ですが、アルフォンソを暗殺したのはチェーザレであるとされています。

妹の婚姻を政治的に利用するため、未亡人にしたと考えられているのです。

この逸話が真実であるならば、チェーザレに抱かれる印象は、あながち間違いではないかもしれません。

しかし彼が軍人として、政治家として、優秀であったことは間違いありません。

アレクサンデル6世の権力と財力、そして、チェーザレの頭脳。

それらが、ボルジア家を支える基盤となっていたのです。

甘美な毒薬カンタレラ

中世ヨーロッパは、毒薬の研究が盛んな時代でした。

勿論、それは暗殺の手段としても多く用いられ、チェーザレも例外ではありませんでした。

チェーザレ及びボルジア家が用いたとされる毒薬が、カンタレラです。

青酸カリやヒ素などと違い、不思議で、伝説めいた存在です。

一説によると、カンタレラは白い粉薬であるとされています。

カンタレラそのものが美味しく、ワインなどに混ぜるとさらに美味になるとされていました。

相手に毒の混入を気付かせず、使用することができたのです。

さらに、カンタレラは相手が死ぬまでの時間を、自在に操れるとされていました。

量を増やせば速やかに、少量ずつ飲ませ続ければ緩慢に、といった具合です。

使用者にとっては非常に使いやすいカンタレラですが、その実在は確認されていません。

そもそも、今に伝わる製造法そのものが「撲殺した豚の内臓に亜砒酸を混ぜ込む」という、非常に呪術めいたものでもあります。

しかしこの伝説の中に、少しの真実が含まれているように思えます。

亜砒酸とは、つまりヒ素のことです。

ヒ素は当時、頻繁に用いられた毒物でした。

精製方法も確立されていたため、意外と簡単に手に入れることができたのです。

つまり、カンタレラの毒性はヒ素由来のものである、と考えることができますよね!

それ以外にも、プトマイン(屍毒:タンパク質が腐って発する毒性)説などがありますが、有力なものではありません。

何にせよ、チェーザレの頭脳と毒薬を併用することで、より確実な暗殺効果を生んでいたのでしょうね!

アレクサンデル6世の死因は、カンタレラの中毒によるものであるという説があります。

客に出すはずだった毒入りワインを、間違って自分自身で飲んでしまったのです。

チェーザレも同様に、毒入りワインを飲んでしまいましたが、辛うじて命が助かったとされています。

アレクサンデル6世の死によって、ボルジア家は減衰の一途をたどりました。

もしカンタレラが実在したのであれば、ボルジア家は毒によって栄え、毒によって滅んだ一族なのです。

妖婦・毒婦と言われる美女、ルクレツィア

この画像には alt 属性が指定されておらず、ファイル名は ルクレツィア-バルトロメオ・ヴェネト-239x300-1.jpg です

ルクレツィアの生涯はハッキリわかっておらず、ただ、大変な美女であったとされています。

白い肌に、豊かな金髪、美しい胸を持っていました。

兄のチェーザレも美形ですから、ボルジア家は容貌に恵まれた血筋なのでしょう。

しかしルクレツィアもまた、妖婦や毒婦として有名です。

その理由としては、

・チェーザレの策謀に関わり、カンタレラを使って敵を毒殺していたこと

・奔放な性格で、夫以外の男性とも関係を持っていたこと

・チェーザレやその他の兄と、近親相姦の噂があったこと

などが挙げられます。

しかし、これらの理由には、何も確かな証拠がありません。

一つだけ確実なことは、ルクレツィアは政治的なコマとして、チェーザレやアレクサンデル6世に政略結婚を繰り返させられていた、ということです。

ルクレツィアは生涯で、3度の結婚をしました。

一度目の夫は、ペザロ(イタリア)の領主ジョヴァンニ・スフォルツァです。

あるとき、ジョヴァンニは何者かに暗殺されそうになり、命からがらローマから逃げ出しました。

ジョヴァンニの暗殺を考えた人物こそが、チェーザレやアレクサンデル6世だという説があるのです。

用済みになったジョヴァンニを殺し、よりボルジア家のためになる人物とルクレツィアを結婚させよう、という訳です。

その後ジョヴァンニは、アレクサンデル6世からルクレツィアとの離婚を強要されます。

しかし、ジョヴァンニは離婚を拒否した上で「ルクレツィアとチェーザレには、肉体的な関係がある」と訴え出ました。

アレクサンデル6世はそれに応じ、ジョヴァンニの肉体的欠陥を責め立てました。

ジョヴァンニとルクレツィアは正常な夫婦関係を築けておらず、結婚そのものを無効とする申し立てでした。

結果は、ボルジア家の勝利となり、ルクレツィアは次の夫へと嫁いでいくことになったのです。

ルクレツィアとチェーザレの関係に関する逸話は、ジョヴァンニの訴えに端を発するものでしょう。

また、ルクレツィアはジョヴァンニとの結婚生活の間に、不倫をしていたという話があります。

このことから、淫蕩な女性であると考えられたのかもしれません。

次に結婚した夫は、先に書いた通り2年で暗殺されてしまいます。

ルクレツィアの背後には、必ず強大なボルジア家の影がチラついています。

ボルジア家に敵うものなど無いに等しく、ルクレツィアの夫となった男性は不幸になっていきました。

ルクレツィア自身は、ひたすら政治のコマとして動かされただけかもしれません。

本人に悪意はなく、夫との結婚を楽しもうとしていたかもしれません。

ルクレツィアを妖婦、毒婦たらしめたものは、ボルジア家の影と考えるとしっくりくるのではないでしょうか。

歴史を美麗な絵で学べる漫画「チェーザレ 破壊の創造者」

「歴史に興味が湧いたとしても、資料を読み漁るのは難易度が高い!!!」

そんなときには、漫画を読むことがお勧めです!

気楽な気分で読めますし、しっかりと歴史的事実を押さえているのであれば、楽しみながら学んでいくことができます。

チェーザレ・ボルジアに関しては、惣領冬美が「チェーザレ 破壊の創造者」という題名で漫画化しています。

まだ完結しておらず、現在も漫画誌モーニングで不定期連載中です。

専門家の監修も入っており、歴史的な考察も交え描かれているため、チェーザレを知る入門書としてぴったりです。

特徴は、どこまでも拘り抜いた美しい絵。

当時の服や髪形などの細かな部分にもこだわり、大きなコマなどは1枚の絵画のようにも見えます!

その上で漫画的な躍動感に溢れており、読み手を飽きさせないのです。

何度読み返しても面白い作品ですので、完結を気長に待ちつつ、チェーザレのいる中世ヨーロッパの世界に入り込んでいきましょう。

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