イギリス

ケルト系ってどんな民族なの?教えて!

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最近はゲームや漫画でも耳にするようになった「ケルト」という民族。

クー・フーリンやダグザ、フィン・マックールなどが登場する「ケルト神話」が非常に有名ですが、ケルト系民族についてはなんとなくイギリスのあたりかな~と、明確なイメージが持ちにくいと思います。

そこで、今回は「ケルト系民族」がいったい何者なのかを、なるべく分かりやすく解説していきます!

「ケルト系」ってどこの民族?

ケルト系民族とは、一般的に「ケルト系の言葉と文化を持っている人々のこと」とされています。したがって、「ケルト」という国が存在していたわけでも、みんな同じ見た目だったわけでもありません。

ケルトとひとくちに言っても少しずつ言葉が違っていたり、ケルト同士で争ったりもしていたため、ケルト系の人々には「自分達は同じ民族である」という自覚がありませんでした。

そもそも、「ケルト」という言葉自体が生まれたのは、近現代になってからのことです。そのため、研究者の間では「ケルト系」と呼んだ方が適切だとされています。

ケルト系民族は、青銅器時代に中央アジアからヨーロッパ西域に戦車・馬車でやってきました。青銅器時代というと、まだローマ帝国も生まれていません。そんな相当古い時代から、ケルト人はヨーロッパで暮らしていたのです。

また、ケルトの中でもゲール人、ガラティア人、ゴール人など、それぞれ違うグループが存在していました。

「大陸ケルト」と「島ケルト」の謎

歴史学上では「大陸ケルト」「島ケルト」という区分も存在しています。

ヨーロッパ大陸に住んでいれば「大陸ケルト」、ブリテン島に住んでいれば「島ケルト」です。

「大陸ケルト」は、ヨーロッパ大陸に広く住んでいました。しかし、ゲルマン民族の台頭で弱体化した末、ローマ皇帝ユリウス・カエサルによってローマの支配下に入り、次第に衰退してしまいました。

一方で「島ケルト」、つまり現在のイギリスにいた人々は、南部はローマ帝国の支配を受けたものの完全な征服は受けず、ケルト神話や文化を後世に残したとされています。

しかし、現在この「島ケルト」には、遺伝子や文化でのつながりの薄さから、本当にケルト系だったのか?という疑問が向けられています。今私たちが「ケルト神話」と呼んでいるのは、ほぼすべてがこの「島ケルト」すなわちアイルランドやスコットランドに伝わっている物語群です。

そのため、もし「島ケルト」がケルト系ではなかったとなると、「ケルト神話はケルト系民族が作った話じゃない」というややこしいことになってしまいます。

ここまでケルトについてわからないことや曖昧なことが多い理由の1つに、ケルト語の文字が存在しなかったことが挙げられます。メソポタミアやローマのように文字で記録を残すことが一般的ではなかったので、残された装飾品などの発掘物、口伝えで残っている伝承、他の国が書いた記録から、推測するしかありません。

 

ケルトの神官「ドルイド」と自然崇拝

ケルト系民族は、キリスト教に支配されるまでは自然崇拝の多神教を信仰していました。各部族には「ドルイド」と呼ばれる神官がおり、彼らは祭祀に限らず重要な地位を占めていたといわれています。

ドルイドたちは書物ではなく口伝で自分達の神話や文化を残すべきだと考えていたため、膨大な伝承を覚えなければならず、中には20年もの歳月をかけてやっと一人前のドルイドになる人もいました。

周辺諸国の記録によると、ケルト系民族は「好戦的で死を恐れない野蛮な人々」だと思われていたようです。こんな印象を与えたのには、ケルト宗教の死生観が大きく関係しています。ケルト系民族は生まれ変わりや魂の存在を信じていたため、死を恐れませんでした。

また、ケルト系民族にとって魂が宿る神聖な場所=頭だったことから、敵の首を「魂を取った証」として飾る風習があり、より「野蛮」のイメージを加速させたようです。

しかし、この宗教もキリスト教が広がるにつれ、異端の宗教として弾圧されてしまいました。

ケルトの生活習慣

国を形成していなかったケルト系民族ですが、部族内での階級は存在していました。

一番上から

1 王と王族
2 貴族・戦士
3 ドルイド(場合によっては吟遊詩人)
4 一般人

です。

また、ケルト系民族は独自の暦を持っていました。1年を夏と冬にの2つに分け、計12~13か月で構成されていることが多かったようです。また、1年に8回の祝祭がありました。

ケルトの暦では、10月31日~11月1日が大晦日と新年にあたります。この時期に行われていた「サウィン祭」と呼ばれる祭りが、今のハロウィンの原型のひとつのようです。もっとも、今のように仮装してお菓子をもらうようなものではなく、夏の収穫への感謝とこれから来る厳しい冬に備えるための祝祭でした。

また、夏と冬の変わり目であることから異界と交わり死者が返ってくる時期だとされ、日本でいうお盆のような役割も担っていました。

ケルト文化は今でも各地で愛されている!

今、イギリスやアメリカを中心に「ネオペイガニズム」という考え方が生まれています。キリスト教以前に存在していた多種多様な宗教を研究、実践、信仰、再建しようとする運動のことです。こういった流れもあって、ケルトの宗教と文化は非常に興味を持たれている分野です。

日本でも、ケルト系民族の宗教と文化はサブカルチャーでよく登場します。気になった方は、ぜひ調べてみてくださいね!

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