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ジャンヌダルクとは?簡単にわかりやすくその生涯を解説するよ!

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神の声を聴き、戦地に舞い降りた男装の少女ジャンヌ・ダルク

母国フランスでは圧倒的な人気を誇り、ジャンヌダルクは日本国内でも、かっこいい女性指導者として有名です!!

しかし、その境遇・生涯は一体どういったものだったのでしょうか?

彼女の生涯は、当時のフランス情勢も関係しているため、ちょっと複雑です。

大まかな流れは知っていたとしても、それぞれの細かな状況はピンとこないと思います。

そこでこの記事では、ジャンヌ・ダルクの生涯をわかりやすく解説していきます。
中世イングランドやフランスの勉強にも役立ちますので、是非目を通してみて下さいね。

ジャンヌ・ダルクの生い立ち

1412年、フランス東部のドンレミ村で、1人の女の子が生まれました。
この女の子こそ、やがては「オルレアンの乙女」と称されるジャンヌ・ダルクその人です。

ジャンヌの両親は、自身の土地を持つ農家でした。
個人では土地を持てない人が多い当時では、それなりに裕福な家庭だったことが分かります。

ジャンヌは様々な家の手伝いをしながらも、多くの家族に囲まれ、一般的な少女として育っていたのです。

13歳で初めて神の声を聞く

ジャンヌ・ダルクは元来、信仰心の強い少女でした。

今も昔も、フランスはキリスト教の勢力が強い国です。
当時は、キリスト教の教義が今よりも重要視され、神に祈る行為は当然ともいえるものでした。
そんな中でも、ジャンヌの信仰心は群を抜いていたのです。

ジャンヌは毎日教会に通い、ミサに参加していました。
今の日本に置き換えてみると、毎日のようにお寺に通って、お坊さんの説法を聴いているといったところでしょうか。
一般的に無宗教と言われる私達には、何となくピンとこない感覚かもしれません。

目に見えない「神」という存在。
ジャンヌはその存在を信じ、心底愛してもいたのです。

13歳の夏、ジャンヌは初めて神の声を聴きました。
その声は、幾度も彼女に語り掛けました。
「フランスを救え」、「オルレアンを開放しろ」と言うのです。

現在であれば、幻聴として済まされてしまうでしょう。
しかし、ジャンヌはその声を、神の声だと信じました。
まだ幼い少女であるにも関わらず、自分に与えられた使命だと感じたのです。

シノンへの旅立ち

ジャンヌ・ダルクが生きていた当時、フランスは国内が「ブルゴーニュ派」と「アルマニャック派」に分かれていました。
ブルゴーニュ派はイングランドと協力体制にある派閥であり、フランス王太子シャルルをかかげるアルマニャック派と争っていたのです。
ジャンヌ自身はアルマニャック派に属し、彼女が国王にするべき人物こそが、王太子シャルルでした。

ジャンヌが16歳になった頃、神の声は彼女にヴォ―クルールに行くよう告げました。
ヴォ―クルールはアルマニャック派の土地であり、シャルル王太子のいるシノンへ行くための足掛かりとなる場所でもありました。

そのお告げに従い、ジャンヌは親戚に伴われヴォ―クルールを訪問します。
ヴォ―クルールの守備隊長、ヴォ―ドリクールに会って、シノン行きの許可と支援を求めることが目的でした。

ヴォ―ドリクールは当初、ジャンヌの申し出をはねつけました。
しかしジャンヌは諦めません。
幾度も面会を重ねるうち、根負けしたのか定かではありませんが、ジャンヌにシノン行きの許可を与えたのです。

ヴォ―ドリクールはジャンヌに剣などの装備を与え、ヴォ―クルールの人々は、彼女に男性用の服を用意しました。

こうして、ジャンヌは王太子シャルルに会うため、シノンへ旅立ったのです。

ちなみにジャンヌはヴォ―クルールに滞在中、信仰心の強さや高潔さから、住民たちの心をしっかりと掴んでいました。
この段階で、彼女は「神の使い」として認知されていたのです。

田舎の村娘から、オルレアンの乙女へ

ジャンヌ・ダルクは神の声に従ったことで、ただの田舎娘から「神の使い」へと変化していきます。

一体、神の声とは何なのでしょうか。
その正体は定かではありませんが、ジャンヌの活躍を知るにつれ、神秘的な力が介在していたと感じてしまいます。

この章では、一種神がかり的な、ジャンヌの歴史上有名なエピソードを説明していきます。

フランス王太子シャルルとの面談

王太子シャルルとの面会は、ジャンヌ・ダルクを題材とした映画などでも大きく取り上げられています。
ジャンヌが民衆だけでなく施政者にまで、「神の使い」として認識された瞬間です。
ミラ・ジョヴォヴィッチ主演の「ジャンヌ・ダルク」では、ある意味で狂的なジャンヌの姿を、わかりやすい形で見ることができます。

ジャンヌがシャルルに面会を申し込んだとき、それを受けるか否かでシャルル側はもめていました。
ジャンヌは、アルマニャック側の救いになるかもしれない反面、滅ぼす側の使いである可能性もあったからです
現在のように、個人の情報がしっかりと管理されている時代ではありません。
ジャンヌはシャルル側にとって、あくまで「神秘めいた」謎の人物でありました。

最終的に、シャルルはジャンヌと面会することを決めました。
農民の娘と、王位継承権を持つ人物が直接相対する。
異例のことであり、当時のジャンヌがどれほど評判だったのか、伺い知ることができますね。

シャルルはジャンヌと会う際、一つの試練を彼女に課しました。
シャルル自身はその他大勢の人に紛れ込み、別の人間を王太子としてジャンヌに紹介する、というものです。
「偽物を見破り、本当のシャルルを見つけよ」ということです。

ジャンヌは、シャルルの顔を知りませんでした。
しかし、大勢の人に紛れるシャルルを見つけ出し、「気高き王太子様」と呼びかけたのです。
そうして、ジャンヌとシャルルは2人きりで会話をしたとされています。

2人の間で、どんな話がされたのでしょうか。
会話内容は、ジャンヌもシャルルも外に漏らすことは無く、現在には伝わっていません。
できることならタイムスリップをして、密かに聞いてみたい部分でもあります。

ともかく、その会話をきっかけに、ジャンヌはシャルル側、アルマニャック派に受け入れられることとなったのです。

オルレアン包囲戦

オルレアンとは、高い城壁に囲まれたフランスの都市であり、ジャンヌ・ダルクの初陣の戦場となった場所です。
この場で行われた戦闘が「オルレアン包囲戦」であり、ジャンヌのエピソードの中でも重要で、有名なものです。

オルレアンは、イングランド軍にとって重要な土地でもありました。
未だ勢力下にない、フランス南部に攻め入るための足掛かりにするつもりだったのです。
そのため、イングランド軍は全力でオルレアンを陥落させようとしていました。

具体的には、オルレアンに通じる物資の流れを遮断し(周囲の都市を陥落させる)、砦を作ります。
オルレアンをイングランド軍で包囲し、孤立されることでこうすることで、オルレアンは慢性的な飢餓状態に陥ってしまいました。

危機に瀕したオルレアンに、ジャンヌが到着したのは1429年のこと。
彼女は援軍と支援物資を引き連れ、オルレアンに入城し、熱烈な歓迎を受けました。
有名な二つ名である「オルレアンの乙女」とは、このときに生じたものだと言われています。

その後、ジャンヌはイングランド軍に対し反撃を開始します。
この際に、ジャンヌはイングランド軍に撤退するよう書状を送っています。
彼女はあくまで神の使いであるため、できるだけ流血を避けたかったのですね。

勿論、イングランド軍はジャンヌの言うことに耳を貸すはずがありません。
ジャンヌは彼らにとって敵であり、怪しげな言葉で人を惑わす悪魔のようなものだったのです。

そのため、ジャンヌはイングランド軍の砦を攻め落とさなければなりませんでした。
一つ目の砦は無血開城し、もう一つの砦は激しい戦闘の結果、奪い取ったのです。

そして、次がレ・トゥーレルという、大きな川に掛かる橋を守る砦での戦闘です。
これに勝つか負けるかが、オルレアン奪還の鍵でもありました。

それは、激しい戦闘でした。
ジャンヌは激しい戦闘の中に身を置き、兵士たちの心の支えとなりました。

途中、ジャンヌは胸辺りに一本の矢を受けてしまいます。
それでも、彼女は負けませんでした。
治療の後に復活し(このエピソードは、まるでキリストの様に感じます)、油断していたイングランド軍の虚を突く形で、勝利をもぎ取ったのです。

異端とされ、火刑にされたジャンヌ・ダルク

どの神も同じとは思いませんが、神は愛する人間を傍に置きたがる、という話があります。
ジャンヌ・ダルクの場合も、こういった側面があったと考えてしまいます。

オルレアン包囲戦に勝利し、王太子シャルルは無事戴冠式を行うことができました。
王太子から、フランス国王シャルル7世となったのです。
その後、シャルルはジャンヌへの興味を失くしていきます。

オルレアン包囲戦後のジャンヌは、神のお告げに従って行動している訳ではありませんでした。
命令もしくは嘆願され、救援物資も送られてこないような戦場に組み込まれて、敗退を続けていたのです。

シャルル7世は、敵対していたブルゴーニュ派との和睦交渉を行っていました。
一旦は休戦協定を結んだものの、休戦期間が終わるころに、ブルゴーニュ派はシャルル7世側の都市・コンピエーニュへと攻め入りました。

コンピエーニュは援軍を要請し、答えたのが、ジャンヌです。
少ない手勢を引き連れ、ブルゴーニュ軍と交戦しました。
しかし、結局は敗退し、ジャンヌは捕虜となってしまいました。

捕虜となったジャンヌは、イングランドの策略によって異端審問にかけられます。
異端となれば、シャルル7世の名誉を失墜させ、フランスに希望をもたらした聖女を死刑とすることができたからです。

1431年2月21日からの3か月間、ジャンヌは彼女を異端としようとする聖職者の尋問を、幾度も受けました。
論点は、「男装していたこと」と「神の声とは、本当に神だったのか(悪魔ではないのか)」などの部分にありました。

一旦は、男装を止めるという条件で異端認定はされなかったものの、ジャンヌは男性に襲われたことを切っ掛けとして、再度男装を行うことになります。

結果、ジャンヌは火刑に処せら、灰はセーヌ川に流されてしまいました。
一度改心した後に再度「罪」を犯したため、情状酌量が受けられなかったのです。
1431年5月30日、ジャンヌが19歳頃のことでした。

ジャンヌ・ダルクを読み解くキーワード

ジャンヌ・ダルクの生涯は短いものの、その人物像は濃く難解です。
サラリと伝記を読んだだけでは、その背景を読み取ることはできません。

そこで、この章ではジャンヌを知るためのキーワードを二つご紹介していきます。

百年戦争

百年戦争とは、1337年頃から1453年頃まで続いた、フランスとイギリス(イングランド)の戦争です。
戦争の最中には、フランス国内が分裂、内戦も伴い、フランス国内に大きな混乱を巻き起こしました。

ジャンヌ・ダルクが関係したということで、歴史的にも有名な戦争ですが、その内容は複雑で理解しにくいものですよね。

では、百年戦争を簡単に説明するとなると、どのようなことになるのでしょうか。

それは、「フランス王家とイギリス王家の、フランス王位継承権戦争」です。
勿論、それ以外の要因も関係しているため一概に言い切ることはできませんが、こう考えておくとわかりやすいのです。

フランスの王位継承権に、何故イギリスが口を出してきたのでしょうか。

王族には、血の繋がりが重要です。
赤の他人の子供を次の世継ぎに、と言う訳にはいきません。
しかし、ここで問題が起こりました。

イギリス王室も、フランス王室の血を受け継いでいたのです。
当時の身分の有る女性は、他の土地の有力な貴族や王族と政略結婚をするのが当たり前でした。
フランス王室の血を受け継ぐ子供が、イギリスの国王でもあったわけです。

さらに百年戦争勃発の頃、フランス王室には男子の世継ぎがいませんでした。
そこでイギリスの国王が、自身がフランスを治めるべきだと考えたのです。

こういった切っ掛けから起こった戦争は、ヨーロッパの中でも大きな、長期間続くものとなってしまいました。

ジャンヌ・ダルクは戦場で、どのような役割を果たしたのか

筆者はジャンヌ・ダルクと同じ女性です。
ジャンヌの生涯を考えたとき、雄々しく戦った女性としての憧れからか、先陣を切って戦ったような印象を持ってしまいます。

女性は男性に比べると、どうしても筋力で劣ります。
また、当時の鎧を考えると、かなりの重量になることは容易に想像できます。
そんな武装をしながら、女性が戦えるのでしょうか。
また、戦場でのジャンヌの役割は「戦う」ことにあったのでしょうか。

ジャンヌは、戦場で「戦士」として振舞ったということ。
こういった想像は間違いでしょう。

彼女は確かに、鎧を身に着け剣を所持していました。
しかし、ジャンヌは戦士である前に「神の使い」でありました。
無闇な流血は避け、人を殺すのは身を守るときだけでした

また、彼女は農家出身だったため、ある程度の筋肉はあったはずです。
いわゆる儚いような女性ではなく、しっかりとした体格を持っていたことでしょう。
それでも、男性と同程度に戦うには、体力不足だったはずです。

そうなると、ジャンヌが持つ戦場での役割とは、味方を鼓舞することに他なりません。
神が自分自身の傍にいて、共に戦ってくれている。
そういった安心感を与え、味方の士気を底上げしていたのです。

実際、ジャンヌは特製の旗を持っていました。
その旗を奮い、味方を勇気づけ、必ず勝利がもたらされるということを周囲に伝えていたのです。

女性が一人いると、その場の空気が和むことがありますよね。
絶望的状況だったオルレアンでは、ジャンヌの性別も良い方向に進む要因だったのかもしれません。

ジャンヌダルクとは?簡単にわかりやすくその生涯を解説するよ!・まとめ

ジャンヌ・ダルクは、神と国に対する愛情を持ち続けた女性です。
行動を起こし困難に立ち向かう勇気が、「フランスがフランスであること」に貢献したとも言えるでしょう。

しかし同時に、彼女がそんな勇気を持たなければ、神に対する気持ちが人並みであれば、火刑という悲劇的な最期を迎えることは無かったのかもしれません。

フランスでは、現在もジャンヌに対する人気は衰えていません。
伝説のヒロインであり、国の代表的な英雄です。

戦争に彩られた、中世ヨーロッパの歴史。
国は違えど、大きな戦争の終結に関与したジャンヌ・ダルクに、私達も目を向けてみてはいかがでしょうか。

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