アジア歴史

タリバン ・アルカイダ・ISISの違いって何?【後編】彼らは敵対関係?それとも味方同士?

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みなさんこんにちは。

この記事を読んでいる方の多くが「中東問題が気になる!そもそもタリバンってなに?あれ、似たような組織にアルカイダとかISとかいうのもあったなあ。」と疑問に思われている方だと思います。

タリバン ・アルカイダ・ISISの違いって何?と題して三回にわたって解説しています。

今日は最後の解説になります。

>>タリバン ・アルカイダ・ISISの違いって何?【前編】タリバンの誕生

>>タリバン ・アルカイダ・ISISの違いって何?【中編】アルカイダとは一体?

テロリストは許さない~アメリカのイラク攻撃~

最初に言ってしまうと、ISの誕生の原因はアメリカの無知さにありました。

9.11同時多発テロで被害を受けたアメリカは、ビンラディンがいるアフガニスタンを攻撃しタリバン政権を崩壊させました。

同時多発テロの首謀組織アルカイダとアルカイダをかばったタリバン政権を崩壊させたので、一連の戦争は終わりだよねと思いたかったのですが、ブッシュ大統領はそうではありませんでした。

ブッシュ大統領は「テロとの戦いは終わっていない!」と宣言してイラクを攻撃し続けることを声高らかに世界に発信したのです。

正確にいうとイラクを支配していたサダム・フセイン政権を狙っていました。

時は少し遡りますが、1990年にイラクがクウェートに侵攻するという湾岸危機が起こった時のアメリカの大統領はジョージ・H・W・ブッシュ

テロとの戦いを宣言したブッシュ大統領のお父さんです。

どちらも名前が似ているのでここでは父ブッシュ、息子ブッシュと表記します。

父ブッシュは非常に優秀な人物でした。

息子ブッシュと父ブッシュの政治手腕の違い

湾岸危機の時、アメリカを含んだ多国籍軍はイラクをクウェートから追い出しますが、父ブッシュはあえてイラクのフセインを殺しませんでした。

フセインの政治のやりようは酷いけれど、フセインがいなくなるとイラク周辺のパワーバランスが崩れて中東地域は大変な目にあうことが分かっていたからです。

冷酷ですが、父ブッシュはあえてフセイン政権をわざと存続させたのでした。一方で息子ブッシュは、父に比べると政治手腕は高くありません。

優秀な父にコンプレックスをもっていたようで、父がなぜフセイン政権を存続させたのか理解しないまま、父が成し遂げられなかったフセイン政権打倒を打ち立てます。

またフセインは湾岸危機のことで恨みをもち、父ブッシュの暗殺計画を立てました。

計画自体は早々に発覚して失敗に終わったのですが、息子ブッシュは「父を暗殺しようとしたフセインは許さん!」と発言するほど個人的な感情をもっていたのです。

気持ちは分かりますが、政治に個人感情を持ち込まないでほしいですよね……。

イラクのフセイン政権の構図

フセインは1979年にイラクの大統領になった人物だったのですが、自分に反対する者は粛清を行い、個人崇拝をさせ、政治のやりようは恐怖政治でした。

典型的な独裁者だったのです。

しかし、前述したように父ブッシュは湾岸危機のときにあえてフセイン政権を存続させました。

おおきな原因はイラク国内の民族とイスラム教の派閥のバランスです。

イラクはアラブ人とクルド人という2つの民族があり、宗教的には同じイスラム教を信じていてもスンナ派とシーア派にわかれています。

イラク国内ではシーア派が6割、スンナ派が2割、残り2割はクルド人のスンナ派です。

シーア派が圧倒的多数なので、権力をもっていそうですが実際は逆でした。

独裁者であるフセインが少数派のスンナ派だったのです。

なので少数派のスンナ派が多数派のシーア派を押さえつけている状態でした。フセインという独裁者よって、イラク国内は奇妙なバランスを保っていたのでした。

フセイン政権の崩壊とイラク国内の混乱

2003年3月20日に息子ブッシュは「フセインは国際テロ組織アルカイダとつながっている!大量破壊兵器を隠している!」と、偽の証拠をでっちあげイラクへの攻撃を開始しました。

後から分かった事実ですが、フセインはアルカイダを毛嫌いしていて、フセインのおかげでイラク国内ではアルカイダの活動が抑えられていたのでした。

また大量破壊兵器などありませんでした。アメリカの傲慢さんが露呈された事件でしたよね。

2003年4月9日にはイラクのバクダッドが陥落し、フセイン政権はあっけなく崩壊しました。

息子ブッシュ政権時代の2006年12月にフセインは処刑されました。

これによって少数派のスンナ派が大多数のシーア派を押さえつけているという状態は、崩れさったのです。

アメリカはフセイン政権崩壊後のイラク統治をはじめましたが、ここで決定的な大失敗をしてしまいます。

フセイン政権時はスンナ派のバース党という政党の一党独裁だったのですが、そのバース党員の公職追放したのです!

公職追放って何のこと?と思うかもしれませんね。

フセイン政権では、役所の幹部も医者も看護師もみんなバース党員でした。警察や軍隊の関係者、学校の教師やイラクの産業である油田の技術者の多くもバース党員だったんです。

それらの人たちが、アメリカの統治のもとで一斉に職を失います。

そうです、生活に必要な役所や病院や学校が機能しなくなり、大混乱に陥ってしまったのです!

アルカイダの動きでISは誕生した

少数派であったスンナ派のフセイン政権崩壊後、アメリカの指導のもと政治のリーダーを決める民主的な投票が行われました。

その投票の結果、今まで抑圧されていたシーア派の政権が誕生しました。もちろん警察も軍隊もシーア派で組織されました。

その後何が起こったと思いますか?

シーア派政権が平和にイラク国内を治めたのでしょうか……?

答えはノー。怖ろしいことが起こりました。

なんと、長年抑圧されていたことに対して鬱憤が溜まっていたシーア派は、スンナ派へ復讐をはじめたのです!

一気に力関係が変わってしまった結果でした。

新しくできたシーア派政権下の警察は、自分が警察だから何をしても捕まることはないと考え、スンナ派狩りをはじめました。

少数派のスンナ派は震えあがります。このまま何もしないと殺されてしまうと考え武器をもって対抗します。

イラクのスンナ派たちは思います。「アメリカのせいでこんな酷いめにあうはめになった…!」と。

アメリカに憎しみを覚えるスンナ派たちでしたが、そんな彼らに接近してきた組織がいました。

反アメリカ思想のテロ組織であるアルカイダです。

アメリカのアフガニスタン攻撃でちりじりに逃げたアルカイダのメンバーでしたが彼らは何も諦めてはいませんでした。

イラク国内にアルカイダ組織を作ろうとスンナ派に近づいたのです。

イラクのスンナ派とアルカイダは共に「アメリカ憎し!」という感情をもっていました。

アルカイダと接触したスンナ派はやがてイラク国内でアルカイダ系の過激派組織として活動するようになりました。

しかし、アルカイダのノウハウを吸収したスンナ派たちだったのですが、あまりに過激なので、本家のアルカイダからも破門され分離します。

アルカイダから分離して独自の道を歩むようになった彼らは、やがてISI「イラクのイスラム国」を名乗るようになります。

目標は国家の建設

アメリカ憎しの感情からはじまったイラクのスンナ派から始まったISI「イラクのイスラム国」ですが、名前から分かるように最初はイラクを再び自分たちの支配下に置こうとだけ考えていました。

しかしアルカイダと接触しノウハウを得て、本家のアルカイダも引くほどの過激で異質に変化していくと、世界を制覇して世界全体をイスラム化するという野望をもつようになります。

最初はISI「イラクのイスラム国」を名乗り、次いでISIS「イラクとシリアのイスラム国」を名乗り、いまでは単にIS「イスラム国」と名乗っていることからも分かると思います。

イラクだけではなくシリアにまで勢力を拡大した

アルカイダとISIという大きな火種がある状態では中東全体の平和は遠ざかるばかりでした。

ここでまた新たな動きが起こります。

それはアフリカのチュジニアという国で起きた「アラブの春」と呼ばれる独裁政権を打倒しようとする民主化運動です。

チュニジアの民主化運動はジャスミン革命と呼ばれ一度成功します。中東をはじめとしたイスラム教を国教とするアラブ諸国はほとんどが独裁政権です。

この民主化運動の流れがアフリカから中東にもやってきて、イラクの隣国シリアでも民主化運動が起こりました。

シリアはアサド大統領による独裁政権です。

アサド政権と自由シリア軍を名乗る反政府勢力の争いが激化し、ドロドロの内戦に突入しました。

そこにISIは目をつけました。

自分たちの勢力を拡大を狙っていたISIは自ら組織の呼び名をISIS「イラク・シリアのイスラム国」と変え、シリア国内に潜入します。

そして自由シリア軍が確保した地域に入り込んで、自由シリア軍を攻撃して領土を横取りしていきます。

同時にアサド政権も襲います。

そして横取りした地域から得た武器や油田などから得られる資金を利用して、イラク国内にまた入り込みイラクのシーア派政権を攻撃し続けたのです。

もうめちゃくちゃですよね……。

こうしてイラク北西部からシリア東部を中心として支配地域を広げたISISは、やがてIS「イスラム国」を名乗り、イスラム教の教祖であり預言者であるムハンマドの後継者を意味するカリフという称号を勝手に名乗るまでになるのです。

平和はいつ訪れるのか

第二次大戦後のソ連の思惑からはじまり、ソ連のアフガニスタン侵攻をきっかけに大国であるアメリカが介入し、2021年の現在に及ぶまでずっと中東では紛争が起こり続けていています。

タリバン、アルカイダ、そしてIS。

同じ歴史の流れのなかで誕生したイスラム過激化組織ですが、何か気が付いたことはありませんか?

そうです、今でも収束しない中東の大混乱は、ソ連とアメリカの身勝手な思惑からはじまりました。

アメリカはずっと中東情勢に関わり続けていることも分かるかと思います。

そうです。過激化したテロリストたちは、アメリカの失政から恨みを募らせていった人たちばかりなのです…!

タリバン・アルカイダ・ISの関係性

1995年頃から2001年までアフガニスタンを支配していたタリバン政権はビンラディンを客人として厚くもてなしていたので、タリバンとアルカイダは友好な関係でした。

しかし今は微妙な関係です。

2021年8月に建国を宣言した「アフガニスタンイスラム首長国」を国際的に認めてもらいたいタリバンは、アルカイダとの縁をきるようにアメリカをはじめとした国々に求められています。

しかし2001年に政権が崩壊してからもタリバンは何かしらアルカイダとは関係を保ってきました。

イスラム教におけるバイアと呼ばれる忠誠の誓いをタリバンとアルカイダは結んでいて、この誓いを破ることはイスラム教徒にとっては重罪なのです。

タリバンはイスラム教を特に厳格に守るイスラム原理主義の集団です。イスラムの教えに背くことはとてもじゃないけどできません。

今、タリバンは理想と現実の板挟みになっている状態なのです。

ISはアルカイダと接触したことで誕生した組織ですが、前述しているとおりにあまりの過激さと異質さに本家のアルカイダから破門されています。

ISとアルカイダはずっと激しく対立しており、敵対関係なのです。

タリバン・アルカイダ・ISの今

タリバンは2001年に政権が崩壊し、メンバーはちりじりに逃げましたがアメリカの関心はアフガニスタンからすぐにイラクに移ってしまったので、再びタリバンは力を取り戻していきました。

そして1度目の政権崩壊から20年後の2021年8月に「アフガニスタンイスラム首長国」の建国を宣言しました。

過去のタリバン政権の恐怖政治のありようは世界に知れ渡っているので、女性への権利をきちんと認めることを国際社会から求められています。

正式に国として認めることができるのかと、今世界中からアフガニスタンイスラム首長国を名乗るタリバンやりように、視線が注がれています。

アルカイダはアメリカの対テロ攻撃や、ビンラディンというカリスマ的リーダーを失ってから発言力や発信力は衰えています。

しかし組織自体がなくなったわけではありません。

もともと対アメリカ思想を持つ様々な国から人が集まってできた組織なので、多国籍。

ビンラディンはアフガニスタンやパキスタンを中心として活動していましたが、アルカイダという組織自体はアフリカのイスラム教国にまで広がっています。

近年ではアラビア半島の下にある内戦が続くイエメンや、西アフリカのサハラ砂漠の南側のサヘルと言われている地域で活動を活発化しているとも言われています。

一方、ISはあまりの行動の過激さに反イスラム国として世界中が協力したために2017年夏以降に急激に勢力を縮小しました。

遅かれ速かれ壊滅するだろうと言われています。

しかし、壊滅したところでISの過激な思想とやり方を持つ人間が1人もいなくなるわけではありません。

ISの兵士が自国に帰りテロ行為を起こす、という危険性をはらんでいます。

タリバン・アルカイダ・ISISの違いって何?彼らは敵?それとも味方同士?まとめ

いかがだったでしょうか。

よく知らないから怖い!から抜け出すことができたでしょうか。

タリバンは、アフガニスタンがソ連とアメリカの思惑でごちゃごちゃになったところに目をつけたパキスタンのスパイ組織によって誕生しました。

アルカイダは、アメリカに祖国を奪われ追い詰められたすえに、アメリカに憎しみを募らせたビンラディンによって誕生しました。

そしてISは、アメリカが難癖をつけてイラク国内をぐちゃぐちゃにしたせいで追い詰められた少数派のスンナ派たちがアルカイダと接触して誕生しました。

タリバン・アルカイダ・ISは確かに過激な思想を持ち、非人道的な行為を繰り返しています。

しかし彼らが勝手に独自に過激な行為をし始めたわけではありませんでした。彼らを追い詰め、過激な行為に走らせたのは誰なのか。

中東は他国の勝手な思惑に翻弄され続けているところ、と言っても過言ではありません。

本来イスラム教は寛容で人々に優しい宗教です。

教えを厳格に守る原理主義と呼ばれるような人たちも、その中からでてきる過激派もイスラム教に関わらず、どの宗教にも存在します。

イスラム教が怖い、という考えは訂正しなければなりません。

中東の問題は決して私たちにとって無関係ではないのです。

参考文献

『池上彰の世界の見方 中東 混迷の本当の理由』 著:池上彰 小学館

『池上彰の講義の時間 高校生から分かるイスラム世界』 著:池上彰 集英社文庫

『タリバンとアルカイダの複雑な関係、両グループを結びつける忠誠の誓い – BBCニュース』 https://www.bbc.com/japanese/features-and-analysis-58514123

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