日本歴史

東京裁判をわかりやすく解説!ひどい!おかしい・違法だと批判殺到!?

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1223日‥と聞くと皆さんは何を思い浮かべますか?

やはり1番に思いつくのはクリスマスでしょうか。恋人、家族と過ごすクリスマスは待ち遠しいものですよね。

また別の人は天皇誕生日を思いつくかもしれません。天皇が代替わりしたので祝日ではなくなってしまいましたが、つい最近までクリスマスムードを盛り上げる祝日として存在していました。

1223日は基本的に皆さんにとって楽しいイメージがあるかと思いますが、筆者は少し別の事を思い浮かべます。

この日に東京裁判で死刑が確定したA級戦犯の人たちが死刑を執行されたのです。

みなさんのイメージとは異なり、暗い出来事を象徴する日でもあるのです。

今日はこの暗いイメージの東京裁判について、分かりやすく解説していこうと思います。

日本が関わった戦争、戦闘行為

東京裁判についてお話する前に、日本が関わった戦争や戦闘行為について説明しなければなりません。

東京裁判で重たい刑罰をくらった人たちは大抵、以下の2つの戦争に関わっています。

日中戦争とアジア・太平洋戦争について簡単に理解していきましょう。

日中戦争

戦前の日本の戦争というと、アメリカとの戦いを思いつく人は多いと思います。

しかし、日本が長いこと戦っていた相手は中国なのです。

9年間も戦い続けていました。この戦争の始まりは突発的な戦闘から始まったとされていますが、これを本格化させたのは当時の日本政府です。

戦前といえば軍部が暴走したというイメージがありますが、意外なことにこの時は政府が強気でした。「中国ごとき簡単に倒せる。かつて日清戦争で一度中国を倒しているのだから。」

こう考えていた政府が日中戦争を本格化させたのです。

実際、当時の中国の首都南京を陥落させていたので変に自信がついていました。

しかし当時の中国は国民党と共産党という2つの勢力が協力して日本と徹底的に戦う姿勢を打ち出していたので、広大な中国を制圧し切ることは不可能でした。

中国は首都を山奥の重慶に移転し、ゲリラ戦で日本軍を苦しめます。

日本は日中戦争を終わらせることができず泥沼化させていくことになります。

その後始まるアメリカとの戦いを含めてアジア・太平洋戦争と呼ぶのです。日本は中国と戦いつつアメリカやイギリスとも戦うことになっていきました。

アジア・太平洋戦争

いつまで経っても日中戦争を終わらせることができない日本‥

原因は調子に乗っていた日本にあるのですが、ここで中国に勝てない別の理由に目をつけました。

それが中国を支援するアメリカとイギリスの存在です。

アジア方面で勢力を拡大させようとする日本をアメリカやイギリスは快く思っていませんでした。そこで日本と戦争している中国を支援することで、日本の邪魔をしようとしたのです。

また日本は長期化する戦争を前にして資源に不安を覚えていました。石油やゴムなどがないと戦争を続けることができません。とくに石油がないと船や飛行機は動かせません。

アメリカやイギリスの支援を止めつつ、資源を確保するにはどうすればいいのか。それは、欧米の持つ東南アジアの植民地(現在のベトナム、ラオス、カンボジア、フィリピン、インドネシア)に手を出すことでした。

よく考えれば中国との戦争と並行してアメリカやイギリスと戦うのは愚かとしか言いようがないのですが、ヨーロッパ方面でドイツがオランダやフランスを倒しているのを見て、日本は夢を見てしまいました。

「ドイツはきっとイギリスを占領する。そうしたら、アメリカは戦意を失うはず。」ドイツが勝つかどうかも分からないのに、勝った後のことばかり考えて東南アジアに手を出そうとしていたのです。

アホとしか言いようがありません。

日本はドイツの快進撃を期待して、アメリカやイギリスなどの国(フランスやオランダも含まれます)を敵に回すことになったのです。

世界を相手に戦争することになったと言ってもいいでしょう。中国の戦争も含め、これらの戦争をアジア・太平洋戦争と言います。(当時は大東亜戦争と呼んでいました)ヨーロッパ方面でドイツが引き起こした戦争と合わせて第二次世界大戦と呼ぶこともありますね。

東京裁判

さて、これだけのことをしたわけですから敗北後は何らかの落とし前をつけなければなりません。

日本は敗戦する直前にポツダム宣言というものを受け入れていました。この宣言では、「日本における捕虜虐待を含む全ての戦争犯罪人は処罰する」と書いてありましたので、これを受け入れた時点で何らかの罰を受けることは確定しています。

問題はどんな形で、誰が、どのように行うのか‥。

「戦争の責任者を引っ張り出してきて、射殺する!」なんていう案もありました。

しかし、そんな野蛮な手段はこれから平和な時代を作ろうとしているのに相応しくないとして却下されます。

そこで、各国は協力して日本の戦争犯罪人を裁判という形を取って罪を証明してから裁くことにしたのです。

各国は罪をa項、b項、c項の3つに分けてa項に該当する人々は日本の東京で裁判にかけることになりました。そのため東京裁判と呼ばれるのです。(正式名称は極東国際軍事裁判といいます)

a項にあたる人たちを日本ではA級戦犯と言います。罪状は簡単に言うと「平和に対する罪」です。戦争を起こそうと計画した、あるいは関わった人、止めなかった人たちが対象です。

ちなみに他の項目に該当する人たちをBC級戦犯と呼びます。罪の大小で分けているわけではありません。BC級戦犯の人々も死刑判決を受けています。あくまで項目で分けているだけです。

A級戦犯容疑者の認定、刑の執行

罪を追及する人々はアメリカ、イギリス、中国、フィリピン、ニュージーランド、カナダ、オランダ、オーストラリア、ソ連、フランス、インドといった国から選ばれました。

日本との戦いで大きな被害を受けた11か国から構成されたわけですね。

では、どうやってA級戦犯(戦争犯罪人)を選んだのか??

ここに関わったのは自身もA級戦犯容疑者であった木戸幸一内大臣です。内大臣という立場はいわば天皇の個人的相談役ともいえるもので、様々な情報を持っていました。さらに彼は「木戸日記」という証拠アメリカに握られていたため、ウソをつくことができなかったのです。

とはいえ、あれやこれやと喋りたおすのもいかがなものかと思いますが…。

彼の祖父はあの「木戸孝允」明治日本の立役者です。まさか孫が日本人を次々とアメリカ人に売り渡す役目になるとは思っていなかったでしょうね。

もちろん木戸の証言だけを手掛かりにA級戦犯容疑者を選んだわけではありませんが、彼の証言によって認定されたのは28人中15人もいます。アメリカがいかに木戸の証言を重要視したかが分かります。

この後、A級戦犯容疑者に対する刑罰が話し合われ7名に死刑判決、16名が終身刑、2名が禁固刑となりました。(他3名はそれぞれ事情があって裁かれていません)

死刑の執行は12月23日に行われました。

この日は現在の上皇陛下(当時は皇太子)の誕生日に当たります。

わざとこの日に設定して、「お前が天皇になったときに、毎年このことを思い出すがいい」と言わんばかりの行為ですね。そのため、筆者は12月23日をクリスマス直前の楽しい日として受け入れられないのです。

ちなみに彼らA級戦犯容疑者は巣鴨拘置所に入れられました。

28名のうち死刑判決が下された7名が実際に処刑された場所も巣鴨です。ここには現在サンシャインシティがあります。どうにもイメージが悪く筆者は水族館に行っても心から楽しむのに抵抗があります。

もちろん、こんな話を友だちやパートナーにしたら嫌われますので心に秘めておいてくださいね。

東京裁判の問題点

ここでは東京裁判の問題点に焦点をあてていきま

裁判という形を取ったのだから問題点などないと思われるかもしれませんが、実は突っ込みどころが満載なんですよ!

1つずつ見ていきましょう。

なぜ日本だけ

確かに日本は様々な悲劇を起こしています。南京事件、バターン死の行進、泰面鉄道建設時の捕虜虐待、シンガポール虐殺、

挙げればキリがありません。

東京裁判で死刑判決が出た人々を見ていくと、これらの責任を取らされた人が多いように筆者は感じています。これは仕方のないことかもしれません。

しかし、アメリカ軍の行為だってひどいものです。

わかりやすい例は東京大空襲と原爆投下でしょう。どちらにも共通するのは「明らかに一般国民を殺害するために行われている」ことです。

一般国民を攻撃するのは法律違反でした。東京大空襲では焼夷弾(中にはガソリンが入ってる)を使って多くの人を焼き殺そうとしています。原子爆弾はあらかじめ実験が行われ威力が明らかになっている中で使用されています。

アメリカの歴史では、「これらのおかげで戦争終結を早めることができた」といわれています。本当にそうでしょうか。筆者はとくに2発目の原子爆弾の使用は絶対に必要なかったと思います。あきらかに対立しつつあったソ連を警戒して行われたとしか思えません。

これらの行為がなぜ裁判で罰せられないのでしょうか。

昭和天皇や石井四郎

次の問題点は裁判にかけられなかった人々です。

その代表格が昭和天皇でしょう。天皇という存在は何十年もかけて日本人の中に根付く存在になっていました。

もしも天皇を裁判にかけ、死刑が決まったら‥おそらく日本人は何らかの反乱を起こすであろうと、アメリカはこのように判断したのです。

この時の占領軍の代表を務めていたマッカーサーの元に日本人から天皇を救ってほしいと多くの手紙が届いたことも大きな理由のようです。

中には血文字で「天皇を裁判にかけたら容赦しない」と書かれていた手紙もあったとか‥日本を占領するアメリカとしては昭和天皇を裁判にかけなかったことは正しかったかもしれません。

では、天皇の責任はどうなってしまうのでしょうか?

彼がいた会議の場で戦争をすることが決まっているのです。そして天皇は当時の日本の最高責任者でした。止めようと思えば止められたはずです。確かに止めたら軍部が何らかの暴走をしたかもしれませんが‥。

筆者は最低でも退位くらいはすべきではなかったかと思います。

また皆さんは731部隊という組織をご存知でしょうか。ここに所属していた人たちは違法な人体実験をしていました。人体はどれくらいの火傷、凍傷に耐えられるのか。病気にかかったら、どのような症状がどれくらいの早さで進行するのか。

捕虜を使って実験したのです。

この部隊を率いていた石井四郎は、この人体実験のデータをアメリカに渡すことで罪を免れました。昭和天皇も石井四郎も本来は裁判にかけられる人物だったはずです。アメリカの都合で勝手に外されました。どこが公平な裁判なのでしょうか。

罪刑法定主義に違反

法律学的にもこの裁判は問題があります。皆さんは罪刑法定主義という考え方を知っていますか。

いま存在するあらゆる罪と刑罰はあらかじめセットで決まっています。後出しで罪と刑罰を決めることはありません。

逆に言えば、法律に書いていないことは罪として認定されませんし罰も受けません。

例えばラーメン屋さんに入るのを待つ長い列に割り込んで入ったとしても、それは罪ではありません。法律に書いていないからです。よってそれに対する刑罰もありません。

これはあくまで道徳的な、マナーの問題です。

こう考えると、A級戦犯の人たちが認定された「平和に対する罪」とはいったい何なのか。

そんなものは、当時の国際法のどこにも書いていません。後出しでアメリカたちが勝手に作った罪です。よって、A級戦犯の人たちは罪人ではないと考えることができるのです。

インド代表のパル裁判官は、罪刑法定主義に違反するとしてA級戦犯の全員無罪を主張しました。しかし、彼らの考えは押し切られてしまったのです。

東京裁判をわかりやすく解説!ひどい!おかしい・違法だと批判殺到!?まとめ

いかがでしょう。

東京裁判とその問題点について理解していただけましたか。

色々と批判される東京裁判ですが、次のように考えれば納得がいくかもしれません。東京裁判は結局「勝者による一方的な裁き」であった。敗者は何も言い返せず、言われるがまま結果を受け入れるしかなかった。

そう、公平な裁判など最初から存在しなかったのです。手当たり次第に戦争の責任者が処刑されるよりはマシだったと思えば理解できるのではないでしょうか。

悔しい思いがしますが、これが戦争というものです。ぜひ覚えていただければと思います。

天皇が代替わりしたいま12月23日は今後、普通の日として記憶から消されていくでしょう。

そうならないために、この記事が役立ってもらえれば幸いです

 
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