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通州事件はなぜ教科書で教えないの?犯人はだれだったのか!その真相とは?

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盧溝橋事件から約3週間後、中国の通州という町に住む日本人や朝鮮人225人が、あまりにもひどい方法で惨殺された事件が起きました。

通州事件と呼ばれるこの事件は、当時、中国人の残虐非道な行為に、歴史的な虐殺として名を残すといわれましたが、現在の歴史教科書の中には通州事件についてふれているものはありません。

なぜ通州事件は教科書で教えないのか、この記事でその謎について迫っていきたいと思います!

通州事件の概要はこちらよ。内容はムナクソだから注意してね。通州事件・中国で日本人が虐殺されていた!なぜ起こったのかその理由とは?

※事件の写真は過激するぎるのでイメージ画像を使用します。事件の写真が見たい方は検索してみてください。

通州事件の概要とは?犠牲者の数がひどい

1937(昭和12)年7月29日、中国の通州という町に住む日本人と朝鮮人が惨殺される事件が起こりました。

その被害は、日本人と朝鮮人の居留民225名と日本軍の守備隊32名、あわせて257名にものぼります。

女性や子ども関係なく、日本人と分かれば、身体を切り刻まれたり、目玉をえぐられたり、女性は凌辱を受け、もはや男女の区別もつかないほどひどい状態で殺されました。

その残虐さは、海外のジャーナリストにも「古代から現代までを見渡して最悪の集団屠殺として歴史に記録されるだろう」と言わしめます。

通州では、歴史上類を見ない、人を人として扱っていないような殺し方で、多くの一般市民が殺害されていったのです!!

通州事件の犯人は誰だったのか?

通州で多くの日本人を虐殺したのは一体誰だったのでしょうか。これについてははっきりと分かっていて、中国人からなる保安隊のメンバーが中心となっています。

多くの日本人を虐殺した保安隊とは何者?

保安隊とは一体どんな人たちだったのでしょうか。

簡単に言うと、保安隊は、通州にいる日本人を守るために組織された中国人による警備隊です。

当時、中国の東北部に満州国を建設させた日本は、そこに隣接した地域を非武装地帯として勢力下に置き、多くの日本人を移住させました。

その場所が、通州です。

通州の近くは、日中の衝突が起こっていた地域だったため、治安を守るための部隊が必要でした。こうして組織されたのが保安隊です。

なぜ日本人を守るための保安隊が反乱を起こした?

保安隊は、もともとは日本人を守るために組織された部隊でした。それなのになぜ、日本人にその刃を向け、反乱を起こしたのでしょうか。

これについては、日中戦争から30年以上過ぎた頃、保安隊の隊長をしていた人物が通州事件を振り返った回想手記を発表しています。その手記に、驚きの事実が記されていました。

なんと、日本人を守るために組織された保安隊でしたが、隊長は、日本と敵対していた中国国民政府の人物と数年前から密かにつながっていたというのです!!

中国国民政府は、いつ日本の隙をついて攻撃するかを見定めていました。

そして通州の保安隊隊長に出した指示が、日中両軍の戦闘が本格的に始まったときに、通州で反乱を起こせ、というものだったのです。

いくら日本人を守るための組織と言えど、日中は戦争状態にありました。

隊長から、日本人を殺害するという命令を聞かされれば、隊員はその指示に従わない理由はありませんよね・・・・・

ぶっちゃけいうとね、戦争中に相手が守ってくれるという自信は一体なんなのかしら?いつでも裏切られると思わないとね

保安隊と通じていた黒幕、中国国民政府の存在

反乱を実行したのは保安隊ですが、その計画は中国国民政府が企てた、ということが、隊長の回想手記から明らかになりました。

しかも国民政府は、通州だけでなく、同じように日本人が多数生活している天津でも同様に反乱の計画を立てて実行しています。

しかし天津の方は、日本軍が反撃に出たため大事にならずに済みました。

まあ、戦争中だからそんな気持ちになっても理解はできるぞ。

通州事件を教科書で教えないのはなぜ?

現在、日本の中学生・高校生が学校の授業で通州事件を教えられることはありません。通州事件のことをのせている教科書がないからです。

今までに、通州事件を扱おうとした教科書会社もありました。「新しい歴史教科書をつくる会」です。

しかし、この会社の教科書は、文部科学省が検定不合格とし、教科書として採用されることはありませんでした。

中国政府がひた隠しにする通州事件

中国にとって、通州事件はとても都合の悪い事件といえます。

日中戦争において、中国は日本にひどくやられたという被害者のイメージを世界に広めていたからです。有名なのが、南京大虐殺ですよね。

中国は南京大虐殺に関する建物は、「対日歴史戦」の遺跡として、しっかり保存して、宣伝利用しています。

これに対して、中国人が虐殺を行った通州事件の建物などは、すっかり取り壊されてしまって、何も残っていません。日本人居留家屋、学校、政府機関、警備隊関連施設など、虐殺の行なわれた施設はすべて破壊されてしまいました。

今や、通州の町を歩いても、ここで過去に多くの日本人が殺されたという事実を知ることは到底できません。

日本政府でさえ口にしない通州事件

中国側が事件をひた隠しにしようとする理由は分かりますが、なぜ日本でも通州事件のことが知られていないのでしょうか。

過去には、通州事件について取り上げようとする人も当然いました。しかし、そうした動きが出ると、いつもけん制する人が現れるのです。なんだか政治的圧力を感じずにはいられません。

そういう人たちが引き合いに出すのが、「日本人は南京などで通州の何千倍も殺人を犯しているのだから、通州のことを言えたものか」というものです。

日本政府も、通州事件のことを取り上げようという動きは今までありませんでした。この事件を取り上げることで、日中の友好にヒビが入り、歴史問題に発展することを恐れているのかもしれません。

積極的にこの事件を取り上げようとしないのには、中国側への配慮があるのでしょうね。政治家たちが取り上げないため、教科書で取り扱うこともご法度という雰囲気があるのかもしれません。

通州事件は教科書で取り上げなくてよい内容なのか?

では、通州事件は、教科書で取り上げる必要のないテーマなのでしょうか。通州事件が日中戦争にどのような影響を与えたのかを考えてみましょう。

通州事件が起きた当初、日本の各新聞はこの事件を一面に大きく取り上げました。中国で生活していた多くの日本人が惨殺されたというニュースは、当然ながら強烈なインパクトを残します。

通州事件は写真付きで取り上げられ、生還した人の体験談をのせ、悲惨な現場の状況を細かく報じることで、その残虐性を強調しました。

あまりに凄惨な被害状況を知った日本人は、中国人の残虐性に震え上がるとともに、「暴支膺懲(ぼうしようちょう)」という、暴虐な中国を懲らしめようという反中感情を大きくさせていきます。

日中戦争は、8年もの長きに渡る泥沼の戦争となりました。

途中で戦争を終わらせることのできなかった理由に、この通州事件があったのではないかと考える人もいます。

通州事件を知った日本人の中には、「通州で惨殺された日本人の恨みをはらす」という感情をもつ人も多くいました。世論が中国との戦争に積極的に傾いたきっかけが通州事件にあるならば、教科書で取り上げられてもよいのではないかと、個人的には思います…。

通州事件はなぜ教科書で教えないの?犯人はだれだったのか!その真相とは?まとめ

なぜ日本は中国との戦争を始めたのか、という問いの答えは、教科書を読めば分かります。

しかし、なぜ日中戦争を拡大してしまったのか・やめることができなかったのか、という問いは、今の日本の歴史教科書を読んでも学ぶことはできません。

その答えのヒントとして考えなければならないのが、通州事件なのではないでしょうか??

歴史の勉強は、戦争のきっかけを学ぶだけでなく、起こった戦争をどう終結させるか、拡大させないか、という視点をもつことも大切ですよね。

私たち日本人は、通州事件を学ぶことで、市民を残虐に殺害する行為こそが、戦争を長引かせ、被害を大きくさせるという考えをもつことができるはずです。

戦争のない、平和な未来をつくるためにも、歴史の教科書で通州事件が取り扱われる未来が訪れればと思います。

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・加藤康男『慟哭の通州 昭和十二年夏の虐殺事件』飛鳥新社、2016年

・広中一成『通州事件 日中戦争泥沼化への道』星海社、2016年

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